豊橋で決断 ジャーナリストになるため英語への挑戦

こんにちは(^^)

今日は少し昔のお話し、ある意味ジャーナリストになる契機になった話しをしたいと思います(^.^)

実は私、10年くらい前に会社をクビになりまして、そのいきさつは典型的な”パワハラ”でした。当時はあまりのことに日々を過ごすことにせいいっぱいで状況がよくわからず、なんでこんなことになるのかとあたふたしていたのですが、時間がたってから当時のことを振り返ると、あれがまさにパワハラだったのだとわかりました。

何があったかというと、ある日いきなり会社側から辞めるように言われ、しかも”自己都合で”辞めたことにしろと言われました。私はそれを断ったのですが、そこからの会社側の嫌がらせがすごかったです。

会社を去るまでの(それ以前から不信感を抱いていたので、辞めることには同意していました)1か月くらいは電話をとりづらくされたり、てきとうな口実で机を明け渡せと言われたり(他にあまっている机があったのに)、あげくに会社に来るなと言われたり・・、これでもかというくらいのパワハラです。小さい事務所で同僚と言える人がいなかったですし、相談できる人もいませんでした(>_<)

昔からの友達が話を聞いてくれて、一緒に怒ってくれたのが救いです。親はなかなか状況を理解してくれなかったので(こういう現実があることが信じられなかったようです。

会社を去る日にも、保険の手続きに必要な書類を作ってくれなかったので、その後はハローワークなどに相談しました。職員の人には、こういうことはけっこうよくあることだと言われました・・。

女性であるがゆえに、なんでこのような扱われ方をしなければならないのか、すごく腹立たしく感じました。昔、旅行で行ったNYはもっと女性が平等に(男女はもちろん、人種の違いも超えて!)活躍できる場所だと感じました。

私はそこから、英語を必死で勉強しました。

特にビジネス英語を必要としていたので、「豊橋で英会話を調べてみました」というサイトで見つけた勉強法がとってもためになりました(^^)

結果、英語力もあがり、今ではジャーナリストとしてNYを拠点に生活を出来ています!

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